詩人高村純の日記です


by jtakamura95jp

勉強に追いかけられる。

集団行動は嫌いだ。だから学校は嫌いだった。
授業もサボったりしていた。
大学の成績はそれはそれは悪い。
授業に出てないから。

しかし変なことが起こった。
数年前、猛烈に勉強がしたくなったのである。
自分で稼いだ金を払い、日大の通信教育部に入った。
それから、怒涛の勉強が始まった。
学科は、国文科。前は経済学だったから、国文を学びたかったのだ。

夜9時くらいまで仕事して、それから夜中の3時まで勉強した。
いったいどうしたのだ。

そんなわけで、編入なので3年から始まり、ちゃんと2年で修了した。

親兄弟は言う。「自分で金を払うと、こんなに勉強するのか」と。

現在は商業学科に入って、この前試験が終わった。
大学院に入りたいところだが、残念ながら資金が尽きた。

そういえば、詩も怒涛の勉強をした。
本を読むのは当たり前で、
名文と言われる文章を書き写した。小林秀雄、川端康成あたりが多かったと思う。
小林秀雄の書き写しは、以前役人時代に昇任試験の前日にもやって、
論文はA評価となった優れものだ。
上下段700ページの、トーマス・マン「魔の山」もやった。
それから、歌詞をきちんと日本語の文章にしてみるとか。

結局よく分かった。
私は、理由が無いと何もしないのだ。
理由があると、怒涛のごとくやるくせに。
国文科も結局、文法を学ぶために入ったようなものだ
(教員免許も取ったけど)

そう思うと、思い当たるフシはたくさんある。
ある。うん、ある。
そしてそれが、やっぱり詩につながるところが、
なんとも、はや。

そんなわけで、勉強をしなかったせいで、
勉強が追いかけてきたような日々であるが、
詩に関しては、どんな苦手な地道な作業でもこなすことができるようだ。
実生活ではアバウトな私であるが、
それはそれでオッケーなのである。
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by jtakamura95jp | 2005-11-02 23:58 | 随想