詩人高村純の日記です


by jtakamura95jp

詩人の孤独

新聞に『薄暮』という作品が載った。
私が得意とする、情景だけを描いた作品だった。

その頃から、ちらほらとお金がもらえるようになり、だんだん生活が変わっていった。
それだけでなく、詩も変わっていった。

その時の自分の考えは、「こう書けば良いんだろ?」というものだった。
今では信じられないくらい尊大だったと思う。
実際その考えは当たる。

時代はバブル。「企業メセナ」という、文化活動に企業が金を出すことが流行した。
賞金も40万、50万というものもあり、賞の数も莫大だった。
賞金20万を一晩で使ったのはその頃の話。
21歳で海沿いのマンションで暮らし始め、同時に、昔の友人と話す機会も無くなった。

お金や詩と裏腹に、生活は孤独だった。
夜起きて生活しながら、朝になり眠った。
酒を飲んだり遊んだりはしていたけど、夜中に堤防に座ってタバコを吸う時も多かった。
霞んだ頭で書いていたその頃の詩は、もうほとんど思い出すこともできない。
稼いだ金も今は無い。
とにかく空しく、孤独で、荒んだ日々でもあった。

それでも、詩にのめり込んだ時期でもあった。
出せば賞が取れた。投稿すれば採用された。
金に困ったことは無かった。
そんな日々に、たまらない退屈を感じていたのかもしれない。
賞状を壁に貼って、ダーツの的にしてたのはその頃からだ。

詩は大嫌いだった。でも、詩以外には何も無かった。
その頃、平穏の無い生活の中で、唯一平穏を描いた『冬の道』という詩が
今、私の一番好きな詩となっている。

平穏な生活を求めながら、平穏でない生活で書ける詩で食っていた、
そんな時代だった気がする。
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by jtakamura95jp | 2005-11-11 01:35 | 詩人という生き方