詩人高村純の日記です


by jtakamura95jp

夢とはすでに始まっているもの


夢について話す機会があった。

そういえば私は3年前、詩を始めて15年以上が経過していたことに気付いた。
すっかり忘れていたのである。

何が始まりか思い返したところ、中学生の時に全国作文コンクールで銀賞を取ったことを思い出した。
するとこんどは、小学生3年のときに、原稿用紙100枚の作文を書いたのを思い出した。
私の詩を書く夢は、実はその時に始まっていたんだと、今になって思う。

「夢を持て」などと言うのは、夢を持たなかった大人が言うことだ。
本来なら、それが夢と気付いたとき、すでに夢は始まっているのだから。

ミュージシャンなら、夢うんぬんと言う前に、すでにどこかで演奏してるだろうし、
ギターを死ぬほど練習していることだろう。
役者ならすでに劇団に入っているだろうし、野球選手ならすでに野球を始めている。
技術者なら、すでに何かの組み立てくらい始めているだろう。

しかも、そういう環境が、まるで準備されているかのように身近にあったりする。
そんなものだ。

よく「詩人になるにはどうしたら良いですか」という質問を目にする。
その質問は変である。
なぜなら、もし詩人になりたいのなら、すでに詩集を作るなり、賞に出すなり、
どこかの同人になっていたりするはずだ。
悩むのはそれからである。
「役者になりたいのですが」と言う暇があったら、もう劇団を探しているはずだ。

それが夢だと思う。
夢を持たない大人の言うことを聞く必要は無い。
もうすでに、何かが始まっているのだ。
そしてその道を歩いていることを知ったときは、
強い意志で進んでいくだけだ。

どうせ、一度きりの人生なんだから。
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by jtakamura95jp | 2005-12-11 01:39 | 詩人という生き方