詩人高村純の日記です


by jtakamura95jp

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もう一つ。

次は100問近くに答えた結果。

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あなたがご回答なさった際に強く顕れた一面は・・・

『夢見る』 気質です。
良い精神状態の時
心温かい・思いやりがある・表現力が豊か・独創的

悪い精神状態の時
意気消沈する・自意識過剰・片意地・気まぐれ

性格
豊かな感性を持つ芸術家タイプ。音楽や芸術を愛し、エスプリに富んでいる。深い情愛で他人と接し、心温まる関係をつくることができる。


注意
自分が周囲に理解されないと、自分を悲劇の主人公に仕立てて無気力で退廃的になり、殻に閉じこもってしまう場合もある。

仕事
自分の独創的な探求を支えるために、芸術や言語を手段とする音楽家、小説家、ジャーナリストなどの仕事に向いています。

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別に狙ってるわけではないんですが、どんなテストでもこんな感じです。。。。
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by jtakamura95jp | 2005-11-27 22:30 | 詩人という生き方

深層心理。

深層心理試験の結果。
別のお題に答えて、あなたの深層心理を見破る!というヤツです。



【あなたの悩みに対する現状】

ふわふわと漂っている

【あなたの悩みに対する気持ち】

寝てる

【あなたが救いを求めている場所】

風まかせ

【あなたがどんな理由で周囲の人とトラブルを起こしやすいか。】

アイスが落ちた

【周囲とトラブルになった時の対処方法】

ほっとく

【周りの人達と保っておきたい人間関係】

アイスをもう一個買ってやったら終わった


【その気がないのに求められた時の態度】

無視

【自分自身の評価】

両手に大きな。ちょっと重い。キラキラ輝いてる。

【あなたを脅かす人。つまり目の上のたんこぶ】

そんな人はいない

【自分の才能に対するあなたの評価】

別に変わらない

【自分に対して呼んで欲しい愛称】



【あなたの精神年齢】

12歳くらい

【ふられた時に言う言葉】

ふーん

【結婚を前にしたあなたの気持ち】

立つ。

【目の前から消えて欲しいと思っている人の数】

今は空き部屋

【あなたの支えとなるもの】

恋をした
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by jtakamura95jp | 2005-11-27 20:37 | 随想

いつものこと

いつもの事ながら、職場の健康診断に引っかかった。
もう慣れたもので、すぐに再検査の手続きをした。

まぁだいたいは、「異常と言えば異常だけど」くらいの数値なので
面倒なだけだ。
以前は「肺に陰」と言われて困ったものだが、
もちろんそんなものは無かった。

今年も、同じ数値で引っかかった。
私は他人より白血球が多いのが普通なのだ。
しかし再検査の結果も提出しないといけないから、
行かなくては仕方ないが、ただただ面倒だ。

無能な上司と同じように、特に信用はしてないから、俺にかまうな。
そんな心境である(笑)
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by jtakamura95jp | 2005-11-24 23:02 | 随想

Life goes on

今、日本WEB詩人会(通称ぽえ会)というところに作品を出している。

一年くらいは続けただろうか?
そこで知り合った人もたくさんいる。

そろそろ、区切りを付けたくなった。
別に何があったわけでも、何か思うところがあったわけでも何でもなく、
ただの気まぐれである。
強いて挙げるなら、自分のHPの更新をする時間が欲しい、ということだろうか。

私は「ネット詩人」ではないのだが、ぽえ会に気まぐれに参加し、とても楽しかった。
群れるのが嫌いな私にしては、珍しく楽しく参加していた。
ある程度目的も達したのではないだろうか。
これからは、また自分のHPに引きこもることにしよう。
昨日、飲んだ帰りに歩きながらそう思った。

しかしまだまだ詩作の日々は続く。
出品する場所もある。

Life goes on である。
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by jtakamura95jp | 2005-11-23 18:16 | 詩人という生き方

老画家、イタリアへ行く

先日、母が絵の師匠や仲間と連れ立ってイタリアへ行った。
イタリアである。

65歳にして初めてのイタリアにウキウキして行ったら、
一週間何の音沙汰も無し。
別に気にはしてなかったが、
相当楽しんでるものと確信した。

やがて帰ってきたこの老画家は、私の
「絵を描いてきたのか?」という問いに
「否」
「ならば絵はどうするのだ」という問いに
「写真撮ってきた。これから描く」
とのこと。
絵を描きに行ったはずなんだが…
どうやら仲間とショッピングやら何やら楽しんできた模様。

ちなみにお土産は、デカデカと「Itallia」と書かれた
それはそれは真っ青なTシャツ。
なんか、デザインとか色とか、もっと画家らしいのは無かったのだろうか。

ところで、たまにこの老画家に頼まれる
「おまえ詩をやってるんだろ、この絵に題をつけてくれ」
「了解。『春の宴』でどうか」
しばらくして
「題は決まった『キャベツ』だ」
ちょっと待て…
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by jtakamura95jp | 2005-11-20 21:25 | 随想

「Pavement」

「Pavement」という、20代に書いた作品がある。
30代前半で、ふと思い立ってまた書いた。
同じところは同じにした。
今、また書きたいと思う。

20代で書いた作品は、一人で雨の道を見つめていた。
30代前半では、父親が悲しそうに「お前の人生だ」と言ったことを書いた。
今、自分はどんなものを書くんだろうか。

こうして私はこの作品を、60代、70代になっても書いていきたいと思う。
20代には20代の「Pavement」があった。
そして60代には60代の「Pavement」があると思う。
同じ詩を、違う歳で書いて、私の一代記としたい思いがある。

そして人生最期に書くものもまた、
「Pavement」でありたいと思う。
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by jtakamura95jp | 2005-11-18 04:40 | 詩人という生き方
a0053887_2331383.jpg浜田省吾である。
中2の時に聞いた『マイホームタウン』が、まさに住んでる町も学校も嫌だった私にとって、
ものすごい衝撃でもあったし、感動でもあった。
そこからまさか20年以上も聞くことになるとは思わなかったけど。。

ま、それは「表のきっかけ」で、
本当は、当時好きだった子が、「暗い曲は嫌い」と言っているのを聞いて、
何か彼女にアピールできる曲を聞きたいと思ったことで。。。
初恋だった。
初恋の子にアピールできず、浜田省吾が残った。そんな感じである。
まぁ、そんな時代もあったわけでw

私は聞き出したらその歌手しか聞かない。
浜田省吾ばっかり聞いていた。アルバムも、全部そろえた。
しかし何かとタイミングが悪く、ツアーには行けず、20年以上が経った。

先日、初めてツアーに行った。4時間半。燃えた。
何せ『マイホームタウン』を歌ってくれたのである。
人生で一番、狂った(笑)

浜田省吾はもう50歳を超えてるだろうか?
凄いパワーと体力である。
声量も凄いし、圧倒された一日だった。
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by jtakamura95jp | 2005-11-15 23:45 | 随想

トンカツ理論。

昔知った言葉で、こりゃ良いなぁという言葉がある。

「人生、食べたいときにトンカツが食べられればそれで良い」

これはなかなか良い言葉だと思う。

犯罪を犯す人の傾向に、「ここで一発…」という感情がある。
ここで一発何か大きいことをしたい、社会的に認められたい。。。
小さなものだと掲示板を荒らす人々だろうし、大きくなると犯罪となる。

注目されたい、自分のことを注目してほしい、
そんな考えは面倒この上ないものの上に成り立っているのだけど、
それを考えないで、注目されたい、という感情が先に立つ人がいる。

有名になるということは、フルコースを手順どおりに食べるということであり、
茶会で作法どおりに行儀振る舞いをする、ということである。
立ち食い蕎麦などもってのほか。そういうものである。

有名になれば、そういう場に行く機会が増える。
そしてみんな、自分の方を向いている。
そんな中で、もっとも難解な魚料理を綺麗に食べる、これが有名ということだ。
京都の高級な料理店で、綺麗に汁物を食べる、そういうことだ。
それは、政治家でも、会社社長でも、芸人でも、変わらない。
そういう所で、きちんとした振る舞いができないと、
馬鹿にされる、などというものでは済まない。
そういう、細々したことの努力もしないで、構ってほしい、
これは残念ながら話にならない。注目されない以上にたいへんなことなのだ。

そこで、トンカツである。
私は有名になりたいとは思わない。詩は多くの人に読んでほしいけど、
それでどうなろう、とは思ってはいない。

今食べたい時にトンカツが食べられる。もちろん、寿司もステーキも食べられるけど、
高級なものに努力したのは昔の話で、
今はたまに新入社員や学生の人を連れて行って、
「誰も教えてくれない、恥をかかないフランス料理講座」をする程度である。

普段元気のない時は、トンカツだ
誰にも注目されず、誰にもとがめられず食べる
ソースたっぷりのトンカツは最高だ(笑)

地位も名誉も特にないから、心配することもない。
自由にトンカツが食べられて、自由に詩が書ける今が、
一番贅沢な生活をしているように思う。


いや。。。一つだけ目標がある。
「高村純」が園遊会に出る、これが私の人生の目標だ。
だから、やっぱり行儀作法の練習はしているのだけど(笑)
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by jtakamura95jp | 2005-11-12 19:13 | 随想

詩人の孤独

新聞に『薄暮』という作品が載った。
私が得意とする、情景だけを描いた作品だった。

その頃から、ちらほらとお金がもらえるようになり、だんだん生活が変わっていった。
それだけでなく、詩も変わっていった。

その時の自分の考えは、「こう書けば良いんだろ?」というものだった。
今では信じられないくらい尊大だったと思う。
実際その考えは当たる。

時代はバブル。「企業メセナ」という、文化活動に企業が金を出すことが流行した。
賞金も40万、50万というものもあり、賞の数も莫大だった。
賞金20万を一晩で使ったのはその頃の話。
21歳で海沿いのマンションで暮らし始め、同時に、昔の友人と話す機会も無くなった。

お金や詩と裏腹に、生活は孤独だった。
夜起きて生活しながら、朝になり眠った。
酒を飲んだり遊んだりはしていたけど、夜中に堤防に座ってタバコを吸う時も多かった。
霞んだ頭で書いていたその頃の詩は、もうほとんど思い出すこともできない。
稼いだ金も今は無い。
とにかく空しく、孤独で、荒んだ日々でもあった。

それでも、詩にのめり込んだ時期でもあった。
出せば賞が取れた。投稿すれば採用された。
金に困ったことは無かった。
そんな日々に、たまらない退屈を感じていたのかもしれない。
賞状を壁に貼って、ダーツの的にしてたのはその頃からだ。

詩は大嫌いだった。でも、詩以外には何も無かった。
その頃、平穏の無い生活の中で、唯一平穏を描いた『冬の道』という詩が
今、私の一番好きな詩となっている。

平穏な生活を求めながら、平穏でない生活で書ける詩で食っていた、
そんな時代だった気がする。
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by jtakamura95jp | 2005-11-11 01:35 | 詩人という生き方

困った話。

以前、勤めていた店の中で4~5歳くらいの女の子の迷子がいた。
お母さんは?と聞いたところ、「探しに行く!」と言う。
仕方がないので着いて行こうとしたところ、
手を差し出してきて、「つないで!」と言う。
仕方なく手をつないで探しに行った。(すぐ見つかったけど)
「誘拐」という言葉が浮かんで冷や汗をかいた。

そして今回温泉に行ったとき、着替えをしていたら、
やはり4~5歳くらいの女の子が、お父さんに連れられてきていた。
お父さんが髪を乾かしてる最中に、なぜかトコトコ私のところにきて、
「ちゃんと温まらないとね!」と言う。
周りを見ると私しかいない…
「う・・・うん、そうだね」と言っったら、納得したようにうなずいて、
またどこかへ行ってしましった。

子供はあまり愛想の良くない私に何を見てるのか。
「月の詩人」も台無しだ(笑)
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by jtakamura95jp | 2005-11-08 00:31 | 随想