詩人高村純の日記です


by jtakamura95jp

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新人賞入選の日

詩を書いて2作目で新人賞に入選した。
2400通の応募の中から、だから嬉しかったことは間違いない。

しかしそれほどの感動も無かったのは事実で。
中学生の時に取った、全国作文コンクールの方が
ずっとずっと嬉しかった思いがある。

作文コンクールの方は、いつも私だけ残されて、
先生が着きっきりで作文の「推敲」をさせられた。

先生も何か必死だったのは子供ながらに分かった。
きっと、全国レベルに大化けすることを、先生も分かっていたのだろう。
もちろん、私にはそんな気配はまったく感じられず、
何が何やら分からないままに推敲しまくった覚えがある。
銀賞を伝える女性の声は、今でもはっきり覚えている。

初めての新人賞入選『いのち』は、詩を書いて2作目の作品だった。
たった2作で、1作目は佳作を取っている。
なんだか、あっけない。そんな感じだった。
推敲の日々を費やした中学のときの方が
ずっとずっと充実感があった。
黒いロングコートを着て、夜な夜なススキノに出入りしてた
19歳の時のことである。

特に誰に話すのでもなく、一緒に喜んでくれる人もなく、
その日は何となく過ぎていった。
私にとっては、それほどの感動もない、当たり前の一日だった。

時代はバブルになろうとしていた。
そこから、金稼ぎの詩が始まっていく。
しかし、金のためではない、小手先でもない、
この初めての新人賞入選作品は、
いまだに、私にとっては宝物である。

荒稼ぎの時代が終わり、自分なりの詩を書こうと思った時、
私はこの時代の詩に戻っていったのである。
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by jtakamura95jp | 2005-11-07 12:56 | 詩人という生き方

帰ってきた。

行く前に、仙台フィルハーモニーのチケットがあったので
行ってきた。
腕を振り上げないコンサートはひさしぶり。

作曲者のラヴェルが締め切りギリギリで作ったために、
きわめて単調な(笑)『ボレロ』という曲が良かったな。

その後、秋保温泉に逗留。
ラウンジにコーヒーを飲みにいったら、
何か会合でもあったのか、お金持ちそうな着物姿の人ばかりで、ちょっとビビる(笑)
さすが仙台有数の高級温泉街。
しかし、着物をきちんと着こなす女性は素敵ですな。

文豪を真似て詩でも書こうかと思うが、
ゴロゴロして終わる。

いつも行く温泉は、秋田の山間にある『湯瀬温泉』という
静かなところだけど、
最近は行ってないなぁ

帰ったら、羽生市から、「詩を出しませんか?」とお誘いが来てる。
みんなに出してるんだろうが(笑)出そうかな、と思う。
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by jtakamura95jp | 2005-11-06 19:22 | 随想

気がむいた。


明日まで休みだから、
図書館で借りた7冊の本持って旅行ってこよ。
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by jtakamura95jp | 2005-11-05 11:17 | 随想
今、笹沢佐保の『徳川幕閣盛衰記 失脚』を読んでいる。

徳川政権を支えた老中や御側御用人などの、
政治と権力闘争を描いたものである。
今は第4巻、「吉宗独裁」についてである。

吉宗は身近に側近だけを配し、独裁政治を行った。
今の日本も独裁政治であるが(笑)
それによく似ていると感じる。

これらを読んでいると、つくづく、歴史は「流れ」なんだと思う。
新井白石やら柳沢吉保やら、「下馬将軍」酒井忠清やら、
名前だけ知っていても仕方ない。

私は以前国家公務員だった。
だから、いわゆる「キャリア」と言われる人たちの考え方は目の当たりにしてきた。
彼らにとって大切なのは「前任者の否定」である。
最高の地位の者が変わった時、「前任者のまま行きましょう」は、ありえない。
それはそれは見事なほどに破壊していく。
それが彼らの存在意義であり、プライドでもある。

それを思い起こすと、権力者は「前任者の否定」で動くことがよく分かる。
今の首相も、なかなか格好は良いが、結局は「橋本政権の否定」であり、
野中元幹事長など、この政権を支えた人たちは
この本の題名そのままに「失脚」した。
徳川幕府も、「前任者の否定」そのままに政治が流れていく。


このシリーズは、そういう事が読み取れて、
なかなかおもしろい。

享保の改革は、「犬公方」綱吉政権の否定で動いていく。
独裁政権の行く末は、さてどうなるのだろうか。
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by jtakamura95jp | 2005-11-04 20:31 | 読書記

勉強に追いかけられる。

集団行動は嫌いだ。だから学校は嫌いだった。
授業もサボったりしていた。
大学の成績はそれはそれは悪い。
授業に出てないから。

しかし変なことが起こった。
数年前、猛烈に勉強がしたくなったのである。
自分で稼いだ金を払い、日大の通信教育部に入った。
それから、怒涛の勉強が始まった。
学科は、国文科。前は経済学だったから、国文を学びたかったのだ。

夜9時くらいまで仕事して、それから夜中の3時まで勉強した。
いったいどうしたのだ。

そんなわけで、編入なので3年から始まり、ちゃんと2年で修了した。

親兄弟は言う。「自分で金を払うと、こんなに勉強するのか」と。

現在は商業学科に入って、この前試験が終わった。
大学院に入りたいところだが、残念ながら資金が尽きた。

そういえば、詩も怒涛の勉強をした。
本を読むのは当たり前で、
名文と言われる文章を書き写した。小林秀雄、川端康成あたりが多かったと思う。
小林秀雄の書き写しは、以前役人時代に昇任試験の前日にもやって、
論文はA評価となった優れものだ。
上下段700ページの、トーマス・マン「魔の山」もやった。
それから、歌詞をきちんと日本語の文章にしてみるとか。

結局よく分かった。
私は、理由が無いと何もしないのだ。
理由があると、怒涛のごとくやるくせに。
国文科も結局、文法を学ぶために入ったようなものだ
(教員免許も取ったけど)

そう思うと、思い当たるフシはたくさんある。
ある。うん、ある。
そしてそれが、やっぱり詩につながるところが、
なんとも、はや。

そんなわけで、勉強をしなかったせいで、
勉強が追いかけてきたような日々であるが、
詩に関しては、どんな苦手な地道な作業でもこなすことができるようだ。
実生活ではアバウトな私であるが、
それはそれでオッケーなのである。
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by jtakamura95jp | 2005-11-02 23:58 | 随想

師匠のこと。

なんとも激動の19歳だった。

詩を始める前からよく、札幌のススキノに飲みに行った。
新聞社に勤める知り合いがいて、彼に連れていってもらったのが始まりだった。

そのうち一人で行くようになり、馴染みの店ができた。
その時出会ったのが、詩を書いて、自ら詩誌を主催する「Kさん」という
人だった。

当時40歳、ごくごく普通のオッサンだった気がする。
そのオッサンが「詩を書いている」という。
初めは、奇異な感じがしたことを覚えている。
しかしその人と飲む酒は美味しかった。大騒ぎだった。
この出会いが、詩を書くきっかけになる。

今でも手元にその詩誌「傍(かたわら)」がある。
お世辞にも、Kさんの作品は上手とは言えないのだが、
私にとっては人生唯一の「師」である。
いつも札幌に帰るときは探すのだが、今はどこにいるか分からない。

その後その店は潰れ、Kさんには会えなくなった。
そして会えなくなってしばらくしてから、新人賞佳作の報が来て、
そして次作で入選することになる。

いまだに、Kさんに会いたい。そして伝えたい。
詩人としての激烈な生き方をしてることを。
そしてまた、酒を酌み交わしたい。

私の人生を決定付けた張本人は、今どこにいるのだろうか。
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by jtakamura95jp | 2005-11-02 21:30 | 詩人という生き方

「食って寝ることです」

先日、珍しく会社の飲み会に出席した。
「わが道を行く」私は、基本的に会社の人とのプライベートの付き合いは無いのだけど、
その日は上司の送別会である上に、花を買うという役目を任されてしまったので
仕方なく出席した。

その時、目の前に座ったのが上司の上司Hさんである。
相変わらず私は「接待」とは無縁なので、ほとんど会話が成り立たない。
そして、成り立たないことを気にしない。

そのうちそのHさんが私に聞いた。
「君は、何が得意なのかね?」
私は即答した。
「食って寝ることです」
『三国志』の名軍師、龐統(ほうとう)の名言であるが、通じなかったらしい。

ここで上司の求めている言葉は
「ルーティングテーブルが作れます」とか「サーバならお任せを」という
業務に関することで、
決して、「戦艦大和の主砲のサイズを知ってます」とか
「ガラパゴス諸島の生態系を把握しています」という事でないことは明白だ。
ましてや、「食って寝ること」でないことは、さらに明白だ。

当然、詩や文学のことなら延々と話せるのであるが、
別にそんな話をするほど打ち解けた覚えはない。
それに、プライベートで仕事の話をするのは嫌いだ。

ということで、相変わらず妙なことしか言わない印象を持たれる私であるが、
面倒なのでオッケーなのである。
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by jtakamura95jp | 2005-11-01 07:09 | 随想

犬の話。

私の詩に、たまに犬が登場する。

私の詩の犬は、だいたい人間なるものをバカにしているか、
何か変なストーリーテラーな存在だったりする。

だいたい、犬の活動を見ていると、その自由さに呆れる。
我が家にいた犬などは、犬唯一の義務とも言える
散歩さえしなかった。

哲学書だろうが小林秀雄の評論だろうが、
詩のことがクドクド書かれた専門誌だろうが、
彼らには、せいぜい枕か、マーキングの対象か、
さもなくば踏んで歩く程度のものでしかない。

犬にとって人間の小難しい考えなど
枕か、枕にもならない存在なのである。
まったくもって、ミもフタも無いのだけれど、
犬はそういうスタンスなのだから仕方ない。

そう考えると犬というのは、
なかなか上手な皮肉屋であると感じるのだ。
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by jtakamura95jp | 2005-11-01 03:51 | 詩の話

お金の話。

私はお金に興味が無い。

なんか、ずっと「興味が無い」ばかり言ってる気がするが、
本当に興味が無いから仕方ない。
お金に興味があれば、小説をやってるだろうなぁと思う。

詩は金にならない。そもそも、金のことを考えてやるものではない。
地位も名誉も無縁だ。
自分の感性と表現力を煮詰めに煮詰めたところに詩があるから、
「金のため」と割り切れるものは何もない。

なので、昔は賞金を一晩で飲んだことがある。
さぞ、おごりまっくたであろう。記憶は無いが。
黒いスーツにサングラスで、飲む酒は「ジャックダニエル」。
何とまぁ生意気な20代だ。
金の延べ棒でも買っておけば良かったのに。

まぁ、中原中也は完全な「ニート」だったし、
萩原朔太郎は、自分の娘にさえも人見知りしたという人だし、
そんなもんだろう。

金に興味が無い。詩人としては良いのかもしれないが、
これほど職場で困る人材も無い。金では動かないから。

なので、同年代に比べれば貧乏してるが、
それさえ気にしていない自分である。
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by jtakamura95jp | 2005-11-01 01:24 | 詩人という生き方